e-ラーニング導入の意義と留意点の再考

株式会社CDI 吉尾雅紀

はじめに

私はこれまでe-ラーニングが有益なツールであるという立場で普及を推進し、ベンダーとユーザー企業双方の立場から導入のアドバイスもおこなってきた。しかし、今回は一旦原点に立ち返って、集合教育に対するe-ラーニングの位置付けを再確認した上で、e-ラーニング導入に求められるものは何かをもう一度考え直してみたい。

日本人の特質に合わせたe-ラーニングの利用

弊社CDIでは、小林恵智博士によるFFS(Five Factors and Stress)理論をサポートし、企業のチームマネジメント改革プロジェクトを支援させていただいている。
FFS理論とは、凝縮性・受容性・弁別性・拡散性・保全性という五つの性格因子の強弱の組み合わせで個人の行動特性をあらわす理論であり、戦略目標にあったメンバー選択やチーム内の相互理解による円滑な運営等に役立てることができる。この理論を使った分析によると、日本の多くの企業では受容性と保全性が高い「マネジメントタイプ」の人の割合が高くなっており、60〜70%程度を占めている。 このタイプは、体系だった知識を順序良く教えること、みんなで一緒に学ばせること、同タイプのインストラクターを配置することで教育効果が上がることが知られている。すなわち、日本企業の多くが行なってきた新入社員に対する集合一斉教育は決して捨てたものではない有効な教育方法だったということである。
だからといって、e-ラーニングが不要だというのではない。シミュレーションに代表されるようなコンピュータならではの迅速かつ論理的な反応や、各人のペースに合わせて時間や場所の制約を乗り越えて学習することができるというような利点をうまく活かしていけばよい。 例えば、拡散性が高く自律的に進んでいくことができるようなタイプの人には、選択可能なe-ラーニングコースを準備し、その有効性を知らせておくことにより、集合教育の範囲に留まらない自発的な学習が期待できる。前述のマネジメントタイプの人に対しても、e-ラーニングを集合教育の中や時間外の協調学習に使ったり、予復習に利用させたりすることで、かえって受講グループの一体感を強化することに役立つ。
このように考えてみると、言葉が一人歩きし、それだけで学習が完結するような感のある「e-learning」という言葉よりも、「Computer assisted learning(コンピュータの支援による学習)」という言い方をした方が、我々を有益な考えに導くのではないかとも考えている。

全社的プロジェクトにするか、Quick Hits的プロジェクトにするか

さて、e-ラーニングの利点を知って導入プロジェクトを進めることになった場合、プロジェクトの性質は大きく二つに分けられる。すなわち、「ビジネスプロセス全体や教育システム全体の変革に関わるe-ラーニング導入」か、「個別課題を解決するQuick Hits的なe-ラーニング導入」かということである。
前者は、サプライチェーンマネジメントの構築やナレッジマネジメントの導入と絡んで、企業としての大きな決断を迫られるプロジェクトである。それに対して後者は、即効性のあるものや需要の逼迫したものを扱うプロジェクトとなる。その性質の違いから、プロジェクト推進のアプローチは異なってくる。
e-ラーニング導入プロジェクトが全社戦略にかかわる大掛かりなものになる場合、実施導入の先頭に立つのは、経営者または経営者と一体となった経営層でなければ、全社的視点に立って重大な決断をすることはできない。よって、CKO(Chief knowledge Officer)やCLO(Chief Learning Officer)を任命して、確固としたリーダーシップのもとでプロジェクトを推進することが必要となる。 この人材の配下にe-ラーニングの検討や導入を実行する為のプロジェクトチームや外部コンサルタントを配置して戦略的かつ全社的なe-ラーニング導入を計画し、協力的な事業部門を選んでの試行的な導入と実績の蓄積を経て、全社へと波及させていくことになる。
このCKOやCLOといった人材は、企業の知識社会への適応の鍵とも言える要職であると言えるだろう。しかし、多くの企業にとっては、CKOやCLOを配置することが人材不足により困難だったり、時期尚早であると判断される場合が多いのが、実際に企業統治の現場を見ている私の実感である。この問題は、日本における経営者育成はいかにあるべきか、企業統治(コーポレイトガバナンス)システムはいかにあるべきかに関わるものであり、弊社でもプロジェクトチームを組んで研究中のテーマである。 昨今の企業倫理欠如による重大事件や来春の商法改正などに後押しされ、今後少しずつ経営者の考え方が変化していくことになるであろう。
ビジネスプロセス全体の変革は先の話としても、個別課題解決のためにe-ラーニングの利点をQuick Hits的に取り入れていくことは可能である。ただし、Quick Hits的なe-ラーニング導入といえども、企業のミッションに関わるものであるべきことは忘れてはならない。具体的には、新商品や新技術導入時の一斉学習や顧客対応のオペレーション改善等である。 新入社員や内定者に最低限のレベル合わせをするにも効果がある。頻繁に更新される新鮮なマニュアルとなるようなコンテンツを作成するつもりで取り組んでも良い。この場合、低コストでスピーディーに実施できるかどうかが鍵であり、経営層の支持を受けた実務的なミドル層人材が力強くプロジェクトを引っ張っていくことが求められる。私が関わる企業には、このようなQuick Hits的なアプローチで早急に成果を出すことを勧めることが多い。

e-ラーニングの教育効果を発揮するための留意点

では、即効的な成果に対する期待が認められて予算を獲得し、e-ラーニングの導入をスタートしたとしよう。ここから実際に社員が受講し、継続的に利用されて効果を出すまでには少なからぬ障害が待ち受けている。まずは体験利用させることによって、「e-ラーニングって、けっこう便利だし役に立つ」と感じてもらわなければ始まらない。利用者にインセンティブをつけて利用させるようなキャンペーンも必要かもしれない。 しかも、体験コンテンツは使い勝手がよく、知的好奇心のわくものを確保しなければならない。システム障害がおきたり、反応速度が遅かったりするものは論外である。また、面白いということを派手なアニメーションや動画を使うことと取り違えて、コンテンツを重くすることもありがちな間違いであり要注意である。
次に、利用状況を把握し適切にフォローすることができるシステムと責任者を配置できるかどうかである。前述のように、多くの日本人は、皆で一緒に学習していることでやりがいを感じる人が多い。学習の進捗を確認し遅れぎみの人に声をかける。参加者が共有できるネット上のコミュニティを運営する。何を学習すべきかアドバイスする、といった木目細かいケアがなければ、e-ラーニングが継続して利用されることはない。e-ラーニングといえども、教育効果を発揮する為には一定の手間がかかることは心していただきたい。
このようなケアは誰かがボランティアでやれるようなものではない。責任者たるプロジェクトマネージャー(以下、PM)を置いて、職務として遂行するようにしなければならない。実務をサポートするためのe-ラーニングであるから、PMは人事部門や情報部門ではなく事業部門に置くべきである。 事業部戦略と無関係なe-ラーニングとなってしまうことを防ぐことができるのみならず、PMを中心としたナレッジマネジメントにつながることが期待されるからである。もし、e-ラーニングに詳しいのが人事部門や情報部門であるというのであれば、裏方としてそのPMのサポートに徹するべきである。外部のコンサルタントやベンダーもPMをサポートする。これらの外部スタッフには、運営支援や日々現れる技術やアプリケーション等の情報提供、独自コンテンツを作成する際に必要とされるインストラクショナル・デザインを用いた教材作成サービスの提供が求められる。
この他にも、学習環境や通信環境が整備されていないといった物理的な問題はあるかもしれない。それらには個別企業の実態にしたがって対応しなければならないが、これまでの実例を見る限り、よく相談して考えてみると方法は見つかるものである。やれない理由を考えるよりも、やれる方法を考えるということになろうか。

情報から知識そして知恵へ

今は情報化社会から知識社会への転換期であると言われているが、私はe-ラーニングを「知識社会に適応するためのツールの一つ」と考えている。e-ラーニングの位置付けを理解して効率的に知識を吸収し、知識の次に来る知恵を生み出すために貴重な時間と力を割いていきたいものである。

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