経営理念の確認
〜次世代リーダーが学ぶ経営戦略講座(2)〜

株式会社MELコンサルティング チーフコンサルタント 佐藤秀幸

はじめに

次世代リーダーが学ぶ戦略経営講座の第2回目として、今回は、次世代リーダーが自社の経営理念を確認し、見直しをするときのポイントをまとめます。中小企業基盤整備機構が運営する中小企業のための能力開発機関が行っているWeb-Trainingでは、企業目的は、経営理念+経営目標(定性目標・定量目標)とし、経営理念は普遍的な企業目的としています。一方、経営目標は、経営環境の変化に応じて変化しなければいけない企業目的とし、短期・中期・長期の経営目標があります。本論では、特に中期・長期の経営目標のことを経営ビジョンとします。中期・長期の区別は業界によって若干の違いがあります。例えば、3年を中期、5年以上を長期と考えている耐久消費財メーカーもあれば、中期を5年、長期を10年と捉えている化学メーカーもあります。

経営理念とは

経営理念とは、企業の存在意義(ミッション)や経営姿勢を普遍的な価値観(バリュー)として明文化したものです。企業の存在意義は、創業時の志や社会に対する貢献の方向性が示されています。バブル期崩壊以降では、過度な多角化戦略の反省から、企業の活動領域を再定義し経営理念の中に示す事例も出てきています。

【企業の活動領域を再定義した事例:日本軽金属株式会社】
■日軽金グループの3つのエッセンス

  • 1.日軽金グループの使命
     アルミとアルミ関連素材の用途開発を永遠に続けることによって、人々の暮らしの向上と地球環境の保護に貢献していく
  • 2.行動理念
     社員には楽しさを、お客様には感動を、株主には喜びを、地球には優しさを
  • 3.使命を達成するための経営手法
    • (1)営業・開発・製造を一体化した「創って作って売る」の実践
    • (2)商品ごとの営業利益の管理
    • (3)マトリックス組織による商品開発と事業開発
    • (4)全員が自分の仕事に責任と誇りを持ち、伸び伸びと自分の力を発揮できる職場づくり

経営姿勢には、顧客、社員、取引先、株主・債権者、地域社会、行政等の企業の利害関係者(ステークホルダー)に対してどのような姿勢で協調していくかが示されています。法令遵守だけでなく、「倫理的に正しくないこと」「反社会的な行動」を抑制する内容になっています。また、顧客、社員や株主、地域社会などに対して特に積極的に取り組む姿勢が示されている場合もあります。

【経営姿勢とステークホルダーに対する内容が反映されている経営理念の事例:トヨタ自動車株式会社】
■企業理念
「モノづくり、車づくりを通して、皆さまとともに豊かな社会創りを」
トヨタは、この21世紀が社会にとって真に豊かなものとなることを願い、人や社会、地球環境、世界経済との調和を図りつつ、モノづくり、車づくりを通してお客様、株主、取引先、従業員等、「ステークホルダー」とともに成長する企業を目指します。
このような経営理念を実践するために、企業経営の基本方針として「トヨタ基本理念」を定めています(下記参照)。
これは創業以来の事業精神を明文化し1992年に制定したもので、1997年には「法遵守」について明文化し、改訂を加えました。7つの項目の一つひとつをトヨタの企業活動の基軸と位置づけています。

トヨタの基本理念<1992年1月制定、1997年4月改定>

  • 1.内外の法およびその精神を遵守し、オープンでフェアな企業活動を通じて、国際社会から信頼される企業市民をめざす。
  • 2.各国、各地域の文化・慣習を尊重し、地域に根ざした企業活動を通じて、経済・社会の発展に貢献する。
  • 3.クリーンで安全な商品の提供を使命とし、あらゆる企業活動を通じて、住みよい地球と豊かな社会づくりに取り組む。
  • 4.様々な分野での最先端技術の研究と開発に努め、世界中のお客様のご要望にお応えする魅力あふれる商品・サービスを提供する。
  • 5.労使相互信頼・責任を基本に、個人の創造力とチームワークの強みを最大限に高める企業風土を作る。
  • 6.グローバルで革新的な経営により、社会との調和ある成長を目指す。
  • 7.開かれた取引関係を基本に、互いに研究と創造に努め、長期安定的な成長と共存共栄を実現する。

経営理念は、経営者が最終意思決定する際の拠り所であり、社員が企業人として行動や判断をするときの基準となります。経営者は、経営理念をステークホルダーと共有することで企業経営に協力してもらうことができます。経営理念は企業の精神的支柱であり、利害関係者をまとめる求心力です。
経営理念は、普遍的な価値観であり永続性が前提です。しかし、時代の要請や企業の成長過程で見直しが行われることもあります。最近では、社会的責任(CSR)や環境保護への取組みが重要視されています。その流れの中で経営理念が見直されています。

【社会的責任(CSR)に言及した経営理念の事例:株式会社東芝】
■経営理念体系
東芝グループは、経営理念として「人間尊重」「豊かな価値の創造」「世界の人々の生活・文化への貢献」を掲げています。また、経営理念を集約したものとして「人と、地球の、明日のために。」をグループのスローガンとしています。
私たちは、こうした理念、スローガンを事業活動のなかで実現するよう努めることが私たちのCSR(企業の社会的責任)であると考えています。その実践にあたっては、「生命・安全、コンプライアンス」を最優先しています。

■東芝グループの経営理念
東芝グループは、人間尊重を基本として、豊かな価値を創造し、世界の人々の生活・文化に貢献する企業集団をめざします。

  • 1.人を大切にします。
    東芝グループは、健全な事業活動をつうじて、顧客、株主、従業員をはじめ、すべての人々を大切にします。
  • 2.豊かな価値を創造します。
    東芝グループは、エレクトロニクスとエネルギーの分野を中心に技術革新をすすめ、豊かな価値を創造します。
  • 3.社会に貢献します。
    東芝グループは、より良い地球環境の実現につとめ、良き企業市民として、社会の発展に貢献します。

■東芝グループスローガン
人と、地球の、明日のために。

経営理念は、経営ビジョンの上位概念です。経営ビジョンの構築時には経営理念の確認から検討していくと効果的です。経営ビジョンの選択基準が共有化され経営ビジョン構築に向けてのベクトル合わせがしやすくなるからです。

経営理念の確認ポイント

自社の経営理念を確認するポイントは次の4つです。
1.自社の存在意義は、現在から将来にわたって時代に合っているか?
自社の経営理念に自社の存在理由が語られているかどうかを検討します。それが現在求められていることなのかどうかも確認します。企業によっては当初設定されたミッションが時代にそぐわなくなり企業活力が低下する原因になることもあるからです。
2.企業全体の活動領域(コーポレートドメイン)が明確になっているか?
企業が活動する領域を企業の存在意義として適切に捉えているかどうかを確認します。コーポレートドメインは、自社の競争力が継続的かつ将来的にも発揮されるような事業領域、事業構成、グループ会社群を決定するための判断基準になります。コーポレートドメインは上記ミッションの中に含まれて説明されることもあります。
3.経営理念が示す価値観や行動基準は、自社にとって現在から将来にかけても有効であるか?
既存の経営理念が設定された時代背景をさぐり、どのような価値観で作成されたかを確認します。例えば、創業者の人生観、社会観、経営観、顧客観等を列記しそれが今後ともどのように適合するのかを考えます。価値観は、社員の行動規範にも直結する内容が多く、行動基準や社訓として補足されることもあります。
4.自社の重要なステークホルダーにメッセージが伝わっているか?
企業が成長すると共に自社を取り巻くステークホルダーの範囲と位置づけは変わります。既存の経営理念が現在の重要なステークホルダーに対して適切なメッセージを伝えているかどうかを確認することが重要です。

経営理念の確認は、次世代リーダーが主役

経営理念は会社を動かす仕組みの最も上位に位置する概念であるため、それを考えるのは経営トップの仕事であり次世代リーダーが関与する問題ではないと考えがちです。しかし、社会的要請からも経営理念の見直しをせざるをえない大企業では、組織活性化プロジェクトとして部門長から若手社員を含めて、経営理念やミッションの見直しを行っているところもあります。経営トップの役割は、経営理念見直しの意義を説明し、プロジェクト実施を指示し、提案されたいくつかの見直し案からベストな案を選択することです。
現在では多くの会社がインターネットで経営理念を開示しています。様々な企業の経営理念を集め開示しているサイトもいくつかあります。他社の経営理念と比較しながら自社の経営理念を見つめ直したりすることも容易になりました。
経営理念の確認では、次世代リーダーが主役となって取り組めば、経営理念を社員の方々に周知徹底することができ、浸透が進みます。次世代リーダーは、自社の経営理念の見直しに関与することで、将来、経営幹部になる頃には、経営意思決定の拠り所が創業者と同じように自己関与型で身に付いていることになります。

まとめ

経営理念は、企業の存在意義(ミッション)や経営姿勢を普遍的な価値観(バリュー)として明文化したものであり、普遍性の高い経営目的です。
最近では、社会的責任(CSR)や環境保護への取り組みが重要視され、その流れの中で経営理念が見直されています。次世代リーダーは、自社の経営ビジョンを構築するためにも、まず自社の経営理念を確認することが重要です。なぜならば経営理念は、経営ビジョン策定の価値判断基準になるからです。
次世代リーダーは、自社の経営理念の見直しに関与することで、経営マインドを養うことができます。

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