人事理念の構築と展開
第1回:人事理念の必要性

常務取締役 山中宏美

はじめに

昨今、品と格を誇ったはずの一部上場企業の不祥事が後を絶たない。内容に多少の違いはあるとはいえ会社の経営状態に大きなダメージになっていることには違いはない。これらの問題を考えてみると、社会とか顧客との関連における経営に対する思想(経営理念)は文面としてはどの企業においても存在しているが、それが社内に正しく浸透していない事が多い。その結果、最近の新聞紙上に出てくるように「業績至上主義が遵法意識を希薄にした」などと表現されるような事になりかねない。
そこで、企業にとって生命線でもある「経営理念」特に「従業員にこうあって欲しいと言うことを表現した人事理念」の浸透・伝達についてこれから4回にわたって述べてみたい。

 「人事理念の構築と展開」の内容 

経営理念における人事理念

経営理念のうち、特に「従業員にこうあって欲しい・こう行動して欲しい」と言うことが、人事理念である。従って、経営理念とは別物ではなく、同一線上に無いといけないことになる。経営理念は企業の経営に対する考え方・価値観・哲学である。その企業の経営資源である「人・もの(設備、製品等)・金・技術・情報」のうち、「人」に焦点を合わせた考えが「人事理念」といえる。多くの企業は、「経営理念」はあるが「人事理念」が存在している企業は、非常に少ない。特に中小企業ではほとんど存在していないと言っても過言ではないと思う。社長の頭の中・価値観には人事理念はあると思うが、明文化されていないのが実態であろう。そのような場合、従業員が正しく理解しようとしても、理解しがたいことであり、場合によっては、都合の良いように解釈されてしまうことにもなりかねない。従って、人事理念は社長の頭の中にあるだけでは意味がない。従業員にとってわかりやすい言葉で表現をしなくてはならない。また、表現されていても、従業員が正しく理解していなかったり、従業員に正しく理解されるような働きかけを怠っていると、人事理念は、浸透しない。 よって、浸透のための普及活動・教育及び制度化が必要になる。

人事理念の構成要素

人事理念を構成する要素は、主として次の3つである。
・人事に関する基本理念
・求める社員像
・行動指針
人事理念の中に「求める社員像」及び「行動指針」を入れることについて異論がある方もおられるかもしれないが、「人(従業員)」に対して、こうあって欲しい姿・行動の方向性を定めるという観点では人事理念の一要素であると筆者は考える。

【1.人事に関する基本理念とは】

  • ○○のような企業集団にしたいので、従業員はこうあって欲しいと要望すること。こんな行動をとって欲しいと望むこと。
  • ○○のような能力を発揮した人材になって欲しいこと。そのためには、○○のような能力向上の考え方でいるということ。
  • 結果に関する評価はこう考えるということ。
  • 従業員の活き活きとした働き甲斐のある職場生活を、質の高いものにするためにこうしたいと考えること。
  • 昇進・昇格および賃金に関する処遇の仕方についてこうしたいと考えること。
  • 企業の社会性における、従業員の思考・行動がこうあって欲しいこと。

以上のように、入社から退職までの、一連の従業員に対する考え方を的確に表現したものが人事の基本理念である。
このようなことが、人事理念に織り込まれて表現されていることが重要である。一例として、静岡県のS製作所様の人事理念について掲示させていただく。

私たちは、お客様に満足していただける製品作りができる人の養成と、多能工化されたプロ集団を目指します。そのために、人の和とルール遵守を大切にした前向きで自立した個人の形成をはかります。また、向上しようとする人へのチャンスは公平に提供し、その結果貢献してくれた人には必ず報います。

【2.求める社員像とは】
わが社の社員として、こうした能力を身に付けて欲しい、こうした行動・態度をとって欲しい、こんな影響を周囲に与えて欲しいなど能力の発揮や行動・態度に関することについて、わかり易くまとめ上げたものが「求める社員像」である。先述したS製作所様の「求める社員像」について掲示させていただく。

  • 自分の仕事に自信の持てる人
  • 人の和を大切にする人
  • 相手を思いやる心のある人
  • 目標を共有できる人
  • ルールを守る人
  • 多くの情報源を持っている人
  • 他能工の人
  • 一つ卓越した技術のある人
  • 前向きでやる気のある人
  • 責任感がある人

等他に6項目

【3.行動指針とは】
これまで述べてきたようなことを社内外における具体的な行動及び態度の内容としてまとめたものが行動指針である。これを見たら、たとえ新入社員でも「具体的な行動としてイメージできる」というようにすることが望まれる。また、行動しているか否かが確認・チェックできるものでないと機能しない。当然、経営理念→人事理念→行動指針のブレークダウンに矛盾があってはならない。上位の概念から次第に下位に降りてくるに従って具体的な行動内容になっているかも留意したい。

以上の3つの要素から人事理念を構築していく必要がある。
考え方・価値観・イメージから、行動・態度面に至るまで、幹部から一般社員までが誤解が生じないようにしていきたいものである。

おわりに

今回のシリーズでは、特に経営理念の浸透の重要性を、人事理念に絞って述べていきたい。企業が個人集団である以上、個々の人生観・価値観の違いがあることはいたしかたないと思うが、集団としてのあり方や経営理念の浸透も大変重要である。次回以降は、人事理念の人事管理制度としての制度化・浸透のための教育・社内における習慣化にいたるまでのプロセスについて述べたい。

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